バイオリンと外宇宙の話 vol.2

町田樹さんの「白鳥の湖」ジークフリートとその運命

今年も仕事でJOとCaOI行けなかったんですが、先日CaOIのTV放送がありました。
町田さんの新作が「白鳥の湖」だと伝わってきたときはびっくりしました。PIWのときのオープニング衣装と振付から「海賊」が来るかな〜と思ったら全然違いました(笑)

町田さんはいつも新作披露の直後に公式HPに作品解説をアップしてくださるのですが、それをみて2度びっくり。
「ストーリー」が書いてあり、「氷上舞踊劇」と銘打っているのです。明らかに今までとは違うアプローチ。

公式ホームページ

以下、もっぱら舞台演出的観点から感想を述べたいと思います。

バレエの技法と比較したり、スケートの技術観点から感想を書いてらっしゃる方が多いのですが、私はムーブメントに関しては「音楽的か魅力的かそうでないか」くらいしかわからないので(笑)
例によって見当ハズレなこと書いてる可能性大ですがお許しを〜

で、感想ですが…

やっぱり町田さんすごい!
音楽的だった、そして魅力的だった!(笑)
面白かった!!



●照明の重要性

公演後、怒涛のようなTwitterの感想で見聞きしていた「素晴らしい照明の演出」が、放送では伝わりにくかったのが少し残念です。
2幕目の宮殿の描写でフットライトを上に向けて柱のように見立てたり、真っ赤なライトを観客席一面に当ててオデットの悲劇を暗示したという演出を楽しみにしていました。
引きの映像も欲しかった。

ですが、映像でも町田さんの表情はたっぷり楽しめましたし、ジークフリートがオデットのあとを追ってリンクを突っ切って走っていく時の、リンクのみに当てた白いスポットの美しさは映像でもよくわかりました。

町田さんはインタビューで振付は空間の占有率を一番気にしていると仰っていましたが、今回はライトの演出によって特に広いさいたまスーパーアリーナの縦方向の空間も意識している作品と感じました。

実はこの3年ほどPIWを見に行って感じることは、群舞の構成の問題と、それ以上に照明の重要性です。
大掛かりなセットを使わないアイスショーでは照明こそが演出の要であり、また演出が今のアイスショーに求められるている要素と思います。
町田さんのプログラムが好きなのも、1つには照明の使い方が素晴らしいことです。

●「生きる歓び」と「ジークフリートの死」

プログラムで最も時間をとっているのが「終曲」を使った第三幕。第二幕はそのための筋書きの布石的な役割なことを考えると、町田さんがあらかじめ「ジークフリートの死」から作品の発想を持ったのだと推測できます。
そういえばジュニア時代の「白鳥」でもこの終曲を使ってますね。
2幕目以降急ピッチで死へ向かう終曲までの尺とバランスを取るために、最初に無人の序曲を入れる構成にしているのだと思います。

またSNSで、町田さんは(年に2プロ作るときは)テーマを裏表にしてくると書いている方がおり、なるほどと目が醒める思いです。
つまり、去年の「あなたに逢いたくて」と「アヴェ・マリア」はエロスとアガペー。
今年の「ドン・キホーテ」と「白鳥の湖」は生と死。と捉えられるのですね。

2つの作品で感じたことをまとめてみました。

作品比較

●役柄を演じるということ

タイムリーなことに、この前 放送大学「舞台芸術の魅力」について書いたばっかりなのですが、その中でも触れられていた「ストーリーのないバレエ」「ストーリーのあるバレエ」。今回の場合は後者に当たる作品です。

誓いを立てオディールに裏切られるシーン、絶望で膝をつく所、赤いライトに照らされて後ろ向きにルッツに向かう所、オデットを追いかけて光の道を滑走する最後のシーンなど、町田さんの魅力全開。それは、舞踊に加えて「役柄」を演じる魅力が加わるから。
悲劇によるカタルシスは、バランシンを代表とする「ストーリーのない舞踊」ではまず味わえないのではないでしょうか。

モーリス・ベジャールの言葉だけど、「役を演じることによって”何か”が忍びこむ」って現象こそは舞台芸術の醍醐味であり、演劇ジャンルでの一人芝居をスケートで、6分間に凝縮するというなんとも斬新な試み。

今までの町田さんのプログラムではどちらかと言えば役柄は抽象的で、固有名詞のつかない役(role)だったのに対して、今回ははっきりと「氷上舞踊劇」の中の固有名詞のつく役(character)。
バジルもcharacterですが、あちらはそのcharacterを3つの要素に分解した3つの舞踊だったのに対し、こちらは時系列に3幕のストーリーに沿ってジークフリートというcharacterが変化していく、まさに劇的表現としての舞踊。

●ストーリーの「余白」

最初は町田さん公式の筋書きにそってプログラムを鑑賞していました。
が、しばらくすると、筋書きだけでない「余白」があるのではないかと感じ始めました。

まず、バレエに出てくるオデット以外の白鳥の娘達、結婚候補の姫たちなどはばっさりカットされており、町田版では「ジークフリート」、彼の外側にある存在として「オデット」「オディール」「ロットバルト」のみ。
しかし、第一幕はとりわけジークフリートがオデットと一体になるかのような振りがあり、公式で「ロットバルトは”彼の運命”」と書かれていたりします。

深読みすると、ジークフリートの実は内側こそに「オデット(理想の愛)」「オディール(現世の欲望)」「ロットバルト(彼の運命)」が存在するとの解釈も成り立つのではないでしょうか。
町田さんの公式にあげてある「白鳥の湖」の系譜、ノイマイヤー、マッツ・エック、マシュー・ボーンはいずれもそういうアプローチをしています。

個人的に舞踊など無言劇の良さとは、意味を与えられる台詞のある演劇と違って、より解釈の自由を含んだ「余白」があることなので、いつも癖でつい深読みしちゃうんですが(笑)
考えすぎかな〜。


●未来のアイスショーへの展望

今年6月に上演された歌舞伎とアイスショーのコラボレーション「氷艶」は、私はTV放送を見ただけですが、アイスショーの一つの形として大変面白い舞台でした。
豪華な衣装とプロジェクトマッピング、アイスリンクの一面を白いスクリーンで覆って3面の舞台にして作られたものです。こちらは歌舞伎の歴史の中で精錬された演出技法を用いたもので、セリフをも用いた演劇です。

一方町田さんの氷上舞踊劇は、いつものゲストを呼ぶ(競技会後のエキシビション形式の)アイスショーの割当の中で(他の人より数分長いプログラムであるものの)照明と、小道具の一枚の羽を使っただけのもの。
こちらはアイスリンクの360度観照ということをふまえての作品で、舞踊としての無言劇です。

どちらも演出重視という未来のアイスショーの可能性を感じるアプローチですが、町田さんのはスケーター側から提示した演出可能性のありかたであり、アイスリンクを活用した総合演出の未来への布石かもしれません。
6分間の作品は感覚や即興で作れますが、2時間の舞台作品はコンセプトと構成力なしには作れません。
今回町田さんがストーリーを表現する試みに挑戦したのは、こうした未来を見据えてのことではないでしょうか。…願望がだいぶ入ってますが(笑)

期待を込めて、町田さんの今後の活躍を見守りたいと思います。
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放送大学「舞台芸術の魅力」と町田樹さんの連載「プログラムという宇宙」

7月PIW東京公演が終わって、「アタシの町田樹シーズン終わっちゃったよ…」と嘆き悲しんでました。
10月にJOもCaOIもあるんですけどね、行けないんですよね(;_;)
ハイTVで見ますけどね。

と・こ・ろ・が…

8月中旬ビッグニュースが来ました!!

「KISS&CRY」というフィギュアスケート雑誌(不定期発行)でなんと町田さんが連載を始めると!!!\(^O^)/
「プログラムという宇宙」

さっそくゲット♪
町田さんの初・執筆作品を読みました。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

それで、ですね。
その感想はしばし置いといて…

実は私、タイムリーなことに、8月中旬、放送大学の「舞台芸術の魅力」というシリーズを録画していて、町田さんの連載読む前にまとめて見ていたんですね。

↓番組表はこちら!
舞台芸術の魅力('17)
(再放送はもうないのかな〜?)

このシリーズの中に
「バレエの古典」
「バレエの現在」
「ダンスの現在 モダンダンスからコンテンポラリーダンスへ」
という3回にわたって舞踊史を振り返るという回があり、これがすごく面白かったのです。

この講座を「つまみ食い」してから町田さんの今回のプログラム解説の連載を読みますと、グローバルな舞踊史(舞台芸術史、音楽史、美術史)をふまえつつ、俯瞰的にフィギュアスケートの歴史と、未来の可能性にふれるものではないかと感じました。

講座と町田さんのコラムを関連付けて考えたことを書きたいと思います。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


法政大学の鈴木晶先生は「バレエの古典」の中で、

●19世紀前半大流行したロマンティックバレエは、観客層の変化や、ロマン主義の衰退によって観客に飽きられ、次第にフランスではバレエは衰退した。
●いまだに残っているロマンティックバレエ作品は「ジゼル」くらいで、あとの作品はみな失われてしまった。
という話をされていました。

「舞踊というのは踊られなくなってしまうと永遠に失われてしまう」
町田さんの言っていた永遠に失われてしまうプログラムの話と重なります。

バレエとフィギュアスケートは、(意外にも)現在見られるような形になったのは、どちらもそんなに古い歴史ではなく、共に19世紀前半です。近代フィギュアの創始者ジャクソン・ヘインズもバレエダンサーということですし、双方変化しつつ影響しあってきたのですね。
その頃と現代のバレエやフィギュアは100年余を経て全く異なる印象のものになっている。現代我々の「定点観測」ではなかなか気づきませんが、これからもまたバレエもフィギュアのプログラムも少しずつ変化し続けるわけです。

今回連載第一回でジョン・カリーを取り上げていますが、彼は「フィギュアスケート」と「バレエ」という2つの「規律」を融合させた、とあり、連載タイトルは「古典と規範」。
「2つの規律が融合した形」がフィギュアスケートの規範、「舞踊」としての古典だという捉え方ですね。

その規律の1つ「バレエの規律」は、19世紀後半ロシアで練り上げられたクラシックバレエです。

2つめの「スケートの規律」というのは、おそらくオランダで発展したという図形を描くコンパルソリーなどの技術、競技会で発展してきたイーグルやイナバウアー、ジャンプなどの技術でしょうか。

カリーの演技は今日の目で見ると「3回転しか跳んでないじゃん」ていうことになるけど(笑)、なにせ40年前。
バレエダンサーも、足を高く上げすぎるの下品ってされてましたからね〜。
当たり前だけど、バレエもスケートも時代の好みや技術の発展によってどんどん変化してるわけです。
しかし、今の4回転やスケーティングスキルの点数を稼ぐスピード重視のスケートを見慣れている目には、カリーのポジション重視の、曲想に合わせたゆっくりとしたスローなスケートは、逆に大変新鮮に感じます。

このように、「時代や流行を超えた美しい表現を見つけて糧にしよう」「そのための作品アーカイブを残そう」というのが町田さんのテーマのようです。

ジゼルしか残らなかったロマンティック・バレエの話もそうですが、星の数ほど生まれるプログラムもどんどん消えていってしまう。競技ルールの改正で、現在観ているフィギュアスケートは、10年後はだいぶ違ったプログラムが作られるようになるかもしれません。

また、スケートファンが毎年年末に嘆き悲しむことですが、全日本選手権のような、予選を勝ち抜いた日本トップ選手の演技すら「全員は」映像に残りません。

このへんを、町田さんが著作権の研究でどう道を開くのか…
大変期待がもたれるところです。


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「バレエの古典」「バレエの現在」「モダンダンス〜コンテンポラリー」の3回の講座をまとめると、

ロマンティック・バレエ→
クラシックバレエ→
バレエ・リュス公演→
戦後のアメリカとヨーロッパのモダンバレエ→
コンテンポラリーダンス→
反芸術・ポストモダン→
やっぱり芸術(21世紀)

というおおざっぱな舞踊史の流れになるのですが、興味深かったのは戦後のモダンバレエからの流れの解説。先生の定義では

◯1「ストーリーがないもの」
 純粋舞踊。形式主義。
ジョージ・バランシンやフォーサイスのように「目で見る音楽」としてのバレエあるいはダンス。

◯2「ストーリーがあるもの」
モーリス・ベジャールやノイマイヤー、キリアンのように「ストーリー」、もしくは抽象的ではあるが哲学的な「テーマ」を表現するもの。

にザックリ分けられるということでした。


さて、バレエのやり方に習ってフィギュアのプログラムをザックリ…と考えてみると。
常々思っていたのですが、フィギュアスケートのプログラムって
A  楽曲から振り付けする(表題音楽でない楽曲を使う)
B  バレエ、オペラ、ミュージカル、映画の音楽を用いて(そのストーリーや役柄を原作から借りて)振り付けする
の2種類がありますよね。


A は、町田さんの言葉だと「シンフォニックスケーティング」。よって、バレエの分け方の◯1かな。
…と書いてからハッとしたけど、ストーリーはないけれどテーマがあるのがシンフォニックスケーティングなのだから、むしろバレエの分け方の◯1の形式主義でなく◯2の方、ベジャールやノイマイヤーの方に近いかも!
案外◯1の組にはいるプログラムって少ないかもしれないなあと思いました。

B の創作とは、いわゆる「二次創作」ですよね? ※1
すでに(映画やミュージカルが創作した)存在するストーリーと主人公や物語の設定を利用しているわけですから。
フィギュアスケート以外でこういう「二次創作」ジャンル?の舞踊ってないような気がします。
もちろんバレエもミュージカルも過去の作品の「読みかえ」とかありますが…
昔はクラシック音楽がダントツで多かった気がしますが、歴史的にいつから映画音楽とかミュージカルとかが多い流れになったのでしょうか。(そして著作権問題はどうなるんだろう)

そのへんも、ぜひぜひ町田先生に解説していただきとうございます。


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「バレエの現在」では鈴木晶先生が世界の舞踊の身体的表現方法をザックリ分けて、
●東洋は「手が中心で模倣的、重心は下へ向かう」
(武道なども、腰を落として構える)
●西洋は「足が中心で内面を表現、重心は高い方へ向かう」ということをおっしゃっていて、大変興味深かったのです。

バレエやフィギュアスケートは足が中心の技法で西洋のものですよね。

また、現代バレエも、日本やヨーロッパの好みとアメリカの好みはぜんぜん違うそうです。
(ベジャールもノイマイヤーもアメリカじゃ全然人気ないんですって!ひえ〜)

フィギュアでも、ヨーロッパとアメリカのダンスの潮流はどのように影響しあっているのだろうか?
その辺のことも切り込んでくれると面白いな〜と思います。

今はそれほどクッキリ別れてるわけではありませんが、古くからのライトファンとして見た限りでは、やはりアメリカ・カナダ系のスケーターとヨーロッパ、とくにロシア系のスケーターだとプログラムの好み、バレエの取り入れ方、違いますよね。

近代フィギュアスケートの創始者ジャクソン・ヘインズも、アメリカの大会ではあまり人気がなくてヨーロッパで活動してたそう。バレエバレエしてるのはアメリカじゃ受けないのかしらねw


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今のところ私の頭脳ではこのくらいしか出てきませんが、町田さんのコラム、本当に面白いです。

きっと、学部の卒業論文の時から勉強してきたことをベースに、新たに学んだことを加味しての連載なのでしょうね。
そんな前から自分の研究したいこと、研究の方向性が定まっていたということ。さすがです。

しかも、「身体芸術論」は町田さんの専門分野の4つのうちの1つ。

スポーツマネジメント
スポーツ文化論
文化経済学

などいろいろな研究をされてますが、私が興味深いのは文化経済学かな。美術絵画領域とも関係ありますからね。

美術館、劇場みたいな箱モノを作る行政と運営する人の問題。
助成のシステム。
等々いろいろな課題があると思います。
きっと町田さんはスケートリンク問題も絡めて研究されてるんでしょうね!

その成果を私達が見ることが出来る未来もそう遠くないと信じて♪
とりあえず連載の続きを早く読みたいです〜。


※1
10月10日追記
CaOIのパンフレットの町田さんのインタビューで、「フィギュアスケートはすべて2次創作」だと書いてあったそうです。
著作権で使う用語の2次創作だと全くそのとおりですよね〜
私がこの時書いたのは、漫画とかアニメの2次創作の意味で使いました。
すみません町田先生(笑)
    22:51 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

町田樹さんのドン・キホーテ ”Basil’s Glory”

PIW(プリンスアイスワールド)横浜公演。
GW中に2回行って来ました!\(^O^)/
町田さんきっかけで今年で通うこと3年目になりますが、プリンスチームの群舞も楽しく、他のゲストの方の演技も大いに堪能しています〜。

今年の町田さん ーーーなんだか町田くんと言いづらくなってきた今日この頃wーーーの演目は思いっきり定番バレエプログラムの「ドン・キホーテ」でした。

公式ホームページ 2017 Spring:Don Quixote Gala 2017:Basil's Glory
(ドン・キホーテ ガラ 2017:バジルの輝き)



ガラ公演2017と銘打ってあるように、ドンキの一番有名なパ・ド・ドゥを、町田さん一人で演じるということで、バジルに焦点を当て翻案したとのこと。町田ファンなら垂涎のプログラム!

感想はとにかく「かっこいい!!」の一言。
かっこよさが衣装とスケート靴を履いて踊ってるみたい(笑)
決めポーズも何気ない動きも「おおっ」てなるかっこよさ!
そして楽しい!!

見終わった後にジャンプが何本何種類入っていたかが全く記憶にないくらい、プログラムとジャンプが溶け込んでいる。あとで9本跳んでいると聞きましたが信じられないです。また、幕間の「間」も含めて9分間と聞いて、これまた信じられない。

TV放送で見直すとまた感想が変わる可能性もあるのですが、1週間後の放送までの町田ロスの心のスキマを文章に書くことによって埋めたいと思います。(爆)

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では長文いきま〜す!(笑)


まず、町田版ドンキの構成について。
このプログラムは3幕仕立ての構成になっています。

●1幕 バジルのバリエーション(約1分)、暗転
●2幕 パ・ド・ドゥのアダージョ(約4分)、暗転 
 バジルは一度幕に引っ込み赤いジレに着替えて再度登場
●3幕 コーダ(約1分半)
となっています。

…が、この基本構成の前に、「導入部の無音パート」があります。

◎リンクの出入り口の白い幕が緞帳のように赤いライトで照らされ、オケのチューニングの音が聞こえてくる。
(一気にアイスリンクがオペラハウスの雰囲気に変化します。観ている私たちはドキドキが最高潮。)
幕の奥から町田さんが登場し、無音のままトリプルルッツ!
そして、そのまま緊張したおももちでゆっくりとポジションに付き、ポーズ。

そこで初めて1幕のバジルのバリエーションの音楽が(ズンチャッチャと)始まります。

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この導入部の演出は観客に次に何が起こるのかと、一気に舞台に集中させる大変効果的な演出ですが、それと共に、このプログラムの意味ーーー「3幕仕立てのバジルの物語」の意味を重層的にしています。

青年は、バジルその人ともとれますが、一方で、舞台袖でウォーミングアップして「バジルを演じようとしている」ダンサー、本番の前にジャンプを試みるスケーターとも解釈できます。

つまり、この3幕からなるプログラムは「バジルの物語」”Basil’s Glory”である一方、「バジルを演じる演者(ダンサー、スケーター)の物語、”Basil Dancer's Glory”」としても解釈できるのではないでしょうか。

◎導入部(無音)演者のトリプルルッツ&スタンバイ
 |(以下劇中劇)
 | ●1幕 バジルのバリエーション(約1分)、暗転
 | ●2幕 パ・ド・ドゥのアダージョ(約4分)、暗転
 |  バジルは一度幕に引っ込み黒いジレから赤いジレに着替えて再度登場
 ◎3幕 コーダ(約1分半) 「この日を捕らえよ」”Carpe diem”
    ジレを着替えることによって「今という時」にキャラクターが統合する

町田さんの公式ホームページに連なっている、過去にバジルを演じたバレエダンサーやスケータ達、過去の演者たちへのオマージュ。そして、その劇中劇としての「バジル」。

私が導入部を見て真っ先に思い出したのは、1989年の熊川哲也氏のローザンヌバレエコンクールで、カメラが舞台袖のスタンバイから舞台まで熊川氏を映していた光景でした。

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バレエ版ドン・キホーテは、スペイン情緒豊かな振付になっています。スペインと言えばフラメンコ、闘牛士、ジプシーみたいなプティパ当時のロシアの趣味だと思いますが、(日本といえばフジヤマゲイシャみたいなものですかね)バジルの衣装にも振付にも闘牛士(風)が見受けられます。

町田版では1幕の「技のバジル」がもっとも闘牛士(風)ですが、2幕3幕と進んでいくに連れ、闘牛士風味が消えていくのが面白いです。ちなみに、手元にある1978年のボリショイ・バレエのプログラムを見てみると、ゴルスキー版だと三幕目は、バジルが「銀月の騎士」キトリが「ドゥルネシア姫」に仮装するとのこと。
銀月の騎士ってなんだろう?と思ってググってみると、ドン・キホーテと戦って勝つラスボス(のようなもの)らしい…
わからないんですが(笑)、劇中劇の要素はオリジナルのバレエの中の要素でもあるようです。

町田版第3幕は一度幕の中に引っ込んで、黒いジレから赤いジレに着替えて登場。
公式ホームページによるとポケットに豊穣の象徴である麦の穂を入れてとありますが、この3幕目で出てくるのは、おそらく「素の」床屋のバジル。

「バルセロナの地で自由闊達に生きるバジルその人」
「決して裕福でない青年バジルが、それでもなお今という時を楽しみ、自由闊達に踊る姿」
…という公式サイトの言葉のとおり、皆がポケットの中の幸せの麦の穂を受け取れるような笑顔でステップを披露してくれるのです。

☆町田さんは今回(特に初演の日)いつもより濃いバレエメイクをしていたようですが(といっても本物のバレエメイクよりだいぶ薄いけど)、この「バジルを演ずる演者の役作り」と捉えると、もしかしたら「メイクがはっきり観客にわかるように」?との意図があるのかな〜と思います。
もっとも公演が進むにつれ、TV録画の兼ね合いもあってか、いつもどおりのメイクに戻った気がしますが。
スケートリンクは観客との距離が測りづらくて色々難しいですね。

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このように、全体の構成は超有名バレエのガラ・コンサートの形式。
一方、気づくか気づかないかの細い伏線を織り込んだ、町田版ドン・キホーテ。

「演者」は町田さん自身でもあるわけです。

町田さんは現役時代、フリープログラムでランビエール版のドン・キホーテを演じました。2011-2012年のシーズンでした。
もちろん、あの演技も好きでしたが…
それから5年の時を経て、なんというさらに素晴らしいパフォーマンスを私たちは見られるようになったのでしょう!

2幕目のアダージョで北側に立った町田さんが大きく両腕を広げて笑顔になる場面。本当に印象的でした。
何を得たのか、何を掴んだのか。
…と、思わず見入ってしまうようなシーンでした。

バジルも町田さんも共に願いがかなったのだろうか…そう考えあのシーンを思い出すると感極まる所があります。

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町田さんは今回PIWのパンフレットの中で2年ぶりにインタビューを受けていますが、「(アイスショー文化が)他の舞台芸術やエンターテイメントと競っているという意識が必要」と述べられています。

どの専門分野でもそうなんですがーーー私の専門分野の絵画でも、オペラでもバレエでもきっとそうですがーーーあるジャンルが20年30年続くと、必ずや「こうでなければ正統派でない」という考えが出てきます。

しかし、ジャンルがそのジャンルの枷を超えていかなければ、必ずや滅びます。
こと舞台芸術では、芸術性と大衆性(同時代性)が共になければ続きません。

「普通のことをやらない」町田さんに対しいまだにいろいろ言う人もあるようですが、ぜひぜひぶっ飛んだことをこれからも続けてほしいです。
毎回プログラムの期待のハードルが高くなって大変とは思いますが。

モーリス・ベジャールの言葉をひとつ。
「コントラスト、ショックーーーこれしかバレエを救ってくれるものはない。ひとは常にまどろむ傾向にあるが、時にはショックのおかげで真実をかいま見ることができる。」



5/15追記
テレビ放送されました!
やはりなんど見ても素敵なプログラム。
また観ているうちに別な感想も出てくるかもしれないですが、とりあえず今は町田さんの笑顔を堪能しています♪



8/2追記
町田くん表紙の「アイスショーの世界4」出ました!
ドン・キホーテについてインタビューでたっぷり語ってくれていますが、残念、劇中劇説は穿ち過ぎでしたね(笑)
原作の小説のバジルのイメージとバレエのバジルのミックスとは意外でした。(また小説読んでない)
そんなことも頭に入れて東京公演楽しんできましたが、またそれは別の機会に♪(長くなりすぎそう)
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町田樹さんのアヴェ・マリア - 開かれた劇場、静かな祈り

フィギュアスケートの話題です〜。
で、またまたまた町田樹さんの話題です。ハイ、大好きなので(爆)

「町田樹シーズン」の最後を飾る10月1日に行われたJO(ジャパンオープン)とCaOI(カーニバル・オン・アイス)がTVでオンエアされました。

実はわたし、このJOとCaOIは仕事で行けなかったんです。
で、JOの日はTwitter情報を見てたのですが、町田くんの演技の後、「すごかった」「衝撃の登場の仕方だった」「ジャンプレスプログラム」などと、TLが追えないくらい一気に溢れました。
いったいどんな作品なのかと期待がふくらみますが、その日のうちにあったJOの地上波放送では残念ながらゲストの演技はカット。
1週間後のBS放送待ち。いや〜待ちきれず悶々と送った1週間でした。

で、そのBS放送が10月9日日曜日にありましたので、じっくり堪能しました。本当にすごかった!

“Ave Maria” by Chris Botti



シューベルトのアヴェ・マリアのトランペットによるジャズアレンジ版です。
コンセプトは町田樹公式HP参照

噂の「衝撃の登場」ですが、ライブ音源にある観客の拍手喝采を利用した演出でした。



階段を上がってくる所から演技がはじまり、陸上でポーズを取り、トランペットのソロ・スタートとともに氷の上にのって滑り始める。まるで自らがトランペットの音であるかのように…
映像でみるとシンプルに見えますが、当日何の予備知識もなく鑑賞した方は驚いたでしょうね〜。

出入り口の階段や陸上から演技をスタートする演出は、現代演劇の「幕をとりはらう」という行為を思い起こさせます。(もちろんスケートリンクに幕はないのですが、劇場空間を更に広げるという意味です)(*注1)
町田くんはただ単に音源を表現するためにこの演出を思いついたのかもしれませんが、「場」を最大限活用したことは確かです。

彼が氷に乗る直前、陸上でポーズし両手を広げた先には、後方から写されたカメラによってさいたまスーパーアリーナの天井のライトが映り込み、輝く星々のように見えました。
青い洞窟のようなライティングの氷上に「天から降り注いでいるかのような」トランペットの音色が、この空間の広がり(を私達が認識すること)によっていっそう効果的に感じられたのだと思います。
現地で見ればどんなにいっそう感動的だったことか。でも、テレビ放送でもそれが伝わりました。素晴らしいカメラワークと演出でした。

このプログラムを見れば、もはやこの音楽でジャンプを入れたものを想像することができません。また、トランペットのロングトーンを長い長いアラベスクで表現することに象徴されるように、芸術的スケート(Patinage artistique)、今までの常識にとらわれないプログラムづくりをするという町田くんのこれからの方向性が見えてきたような気がします。
音楽にそった緩急がついたスケーティングも本当にきれいだと思いました。シンフォニックスケーティングとして素晴らしい作品です!
次作も私たちに大いなるショックを与えてくださるでしょうか(笑)楽しみです。





あと、テーマとしている「祈り」について感じたことを少々。

公式HPでは、未来のフィギュアスケート界に捧げるささやかな「祈り」と書かれていました。それに加えて、もしかしたら全くの見当違いかもしれませんが、私は平和への祈りが含まれているのかなと感じました。もっと言えば「反戦」。
なぜかというと、アヴェ・マリアの町田くんの衣装は、PIW横浜のオープニングが初出だったのですが、その時からブーツ=騎士、戦士のイメージだったので。そして、それはシューベルトの原曲「エレンの歌」の歌詞にリンクするのかな?と。

「エレンの歌」はウォルター・スコットによる「湖上の美人」のドイツ語訳にシューベルトが曲をつけ、その第3番が「アヴェ・マリア」として広く知られています。「湖上の美人」はロッシーニが全幕オペラ書いてますが、スコットランドの内乱や戦争を舞台にした話です。シューベルトも長生きしてたら全幕オペラ書いてたかもしれません。

3番(アヴェ・マリア)はエレンが匿われている洞窟から聖母マリアに祈る歌で、「この険しく荒々しい岩山の上より」「たとえ人々がどんなに残酷であろうとも」という歌詞があります。
それと呼応しているのかわかりませんが、町田くんの振付には音を立ててプリエ(イーグル)で氷上を踏みしめ、現世を憎む?かのように地上を手で押すような印象的な仕草があります。

ドイッチェ番号から察するに同時期の連作である「エレンの歌1番」は、「憩いなさい戦士よ」と呼びかける歌です。「激しい戦のことを夢見たりせずに あの恐怖に満ちた昼と夜のことも」と、歌が繰り返します。(*注2)

また、これも全く見当違いかもしれませんが、全体を黒で、上着が黒透けレースの衣装はなんとなく喪服のヴェール、贖罪のイメージがあり、「継ぐ者」と同じ手を後ろに組んで回るスピンには「(天に至る)翼」が後ろ手に縛られているかのような印象を受けます。
継ぐ者は、シューベルトその人をより感じたのだけれど、このアヴェ・マリアにはもっと普遍的な多くの人々の深いためいき、静かな渇望があるような気がします。(*注3)




町田くんの作品世界は、けして一つの解釈で終わるものでなく、プリズムのように観ている私たちの立ち位置や感情によって変化する、変化の余地を(余白を)含んだ造形だと思います。
でもカッチリ構図は決まっていて、揺るぎないテーマは変わらない。
絵描きで言えば、最初に自分の描くべき構図をカッチリ決め完成図が見えていて、完成した後はディテールを透明色でグラッシしたり白で描き起こしたりして、根気よく詰めていくタイプかな。





最後に、7月に東京・東伏見のダイドードリンコアイスアリーナに見に行ったPIW東京の「あなたに逢いたくて」の思い出を。この公演は残念ながらTV放送がなかったのですが、楽と楽の前の日、結局2回見に行きました。

この頃ちょうど猫の麦太くんの病気がわかり、心配を心の片隅に置きながら東伏見に通った思い出。
父の介護にも少し疲れた頃だったので、私は町田くんの演じる「あなたに逢いたくて」の青年が、かつての恋人の声を追い求め夢の中で疾走する姿、なによりその若々しさが心にしみたのでした。

CaOIで最終公演を迎えた「あなたに逢いたくて」は、9月終わりの麦太くんの死のすぐ後にTV放送がありました。
以来、「あなたのぬくもりを」のところを「麦太くんのぬくもり」と脳内が変換して、歌を思い出すたびに涙が出る始末です。

麦太くんを思い出す時はいつも「ぬくもり」です。
私の寝ているベッドにぴょんとやって来て、ぺったり顔を私のおでこにつけ御飯の催促をし、抱きしめれば喜んでゴロゴロと喉を鳴らしていた麦太くん。
町田くんの公式ホームページにあるようにその「ぬくもり」は二人がともに過ごした時間が在ったことの確証でした。相手は猫だけど…

私にとってこのプログラムは亡き猫へのラブソングになったのでした。
まさか聖子ちゃんの曲で泣く日が来るとはね〜。
町田マジックおそるべし。



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*注1 「幕を取り払う」のは、たとえば1960年台にロイヤル・シェイクスピア・シアター率いるピーター・ブルックがやっています。(休憩中に真夏の夜の夢の妖精が舞台のお掃除をしたりします。)モーリス・ベジャールだと、1980年代の来日公演「エロス・タナトス」で、最初から幕が空いていて開幕ブザーを鳴らさないという演出がありました。(なつかしい〜)

*注2 シューベルトの詩は 梅丘歌曲会館 詩と音楽 
より引用させて頂きました。
シューベルトのページはこちら 
ドイッチェ番号順の掲載になっています。(エレンの歌はD837~839)

*注3 去年のグランプリシリーズではフランス大会の時パリで起きたテロによってフリープログラムが中止になった事件がありました。その前年町田くんが出ていた大会だけに、強く感じることがあったと思います。
また、町田くんの公式で「2016年シーズンの公演を終えて」という挨拶文に、CaOIのフィナーレの、マイケル・ジャクソンの「Heal The World」と向日葵の衣装コーディネートについて触れられ、子どもたちが兵士に花を渡す場面や蝋燭の明かりを持ち寄っている場面に感銘を受けたとありました。
    18:53 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

町田樹さん「あなたに逢いたくて」 あるいは呼び交わし膨らむ夢空間

フィギュアスケートの話題です〜。

町田樹さんの新プログラムを見るべく、プリンスアイスワールド横浜公演、5月のGWの最後の二日間行って来ました〜!

実はこの横浜公演、予定をやりくりすれば初日も行けたのですが、初プログラムを何の予備知識無しに見る勇気が、チキンな私にはなくて(笑)
…まあ、バレエでもなんでもある程度予習してから行く派なんですがね。
4月30日、町田くん作品「初演」時は、家でパソコンにはりついてTwitter情報をチェックしておりました。
ちなみに私、フィギュアスケートの情報収集用にTwitter別アカウント持ってましてね〜。どうでも良いことですが。

去年のシューベルト「継ぐ者」が大好評だったこと、今までの町田くんの数々の発言から「シンフォニック・スケーティング」を極めるのだろうと、私を含めほとんどの人が今回のプログラムも「クラシック作品またはインストゥルメンタル曲」を予想していたと思います。

ところが何と…
新プログラムは何と…

松田聖子さんの「あなたに逢いたくて」ヴォーカル入りフルバージョン!!

一報を見た時には、まさかの驚き、TwitterのTLが沸騰しました。(^^;
せ、聖子ちゃん〜〜!?( ̄□ ̄;)←マジでこんな顔してた自分。

こんな私でもサビの部分は知っている超有名歌謡曲。
何で女性ヴォーカルをわざわざ選んだの!?
プリンスチームの今年のテーマが「J-pop」なので、それに寄せたのかと思ったけれど、偶然の一致らしい。
いや〜驚いたのなんの。

で、期待半分不安半分、現地鑑賞してきたのですが、不安は全くの杞憂でした。
素晴らしかった!!
今まで町田くん自身の振付作品四つを見ましたが、間違いなく最高傑作と言えると思います。

まず気づいたことは、このプログラムにおいては、音楽とダンス(スケーター)との関係性が「普通」と違っている、ということです。

「普通」であれば、音楽はダンサーの内で鳴っていることを前提に音を表現であらわす。また普通は女性なら女性ボーカルで。男性なら男性ボーカルで。
実際、この公演のプリンスチームのプログラム「地上の星」も、中島みゆきさんのヴォーカルを、(男性スケーターが滑るということで?)わざわざ男性歌唱のヴォーカルにカバーしたものを使っていました。

「あなたに逢いたくて」のプログラムの町田くんの演じる「あなた」は、自分の身体の外から聞こえてくる音に反応してダンスする。
いわば、受話器の向こうから聞こえてきた「聖子ちゃんのヴォーカル」にたいして、送話器で「町田くんのダンス」が返答しているような関係です。
いや、例えが悪いかな(^^;
会場で鑑賞した時の私の印象は、聖子ちゃんのヴォーカルはスポットライトと共にはるか天上から降りてきて、厚い雲の下、地上で生身の町田くんのスケートが答えているような感じでした。

この音楽とダンスの「ズレ」、聖子ちゃんの平明なヴォーカルスタイルと、町田スタイルの濃厚な振付との「ズレ」が、ある意味アヴァンギャルドな面白さを持ち、実際には町田くん一人の演技なのに二人芝居を見るような、何度も繰り返し見たくなる中毒性のある作品になっていると思います。

そして、プログラム中、音楽と詩が一番盛り上がるところはダンス振付的には引き(*注1)、逆に詩がない所(間奏)では一歩出るなど、足し引きを熟慮されている。
歌詞には応えるように、音楽の伴奏やベース音にはスケートの足で合わせるような緻密なプログラム。

私はベジャールのバレエ作品が好きなのでつい比較してしまいますが、ベジャールの作品でも「音楽とダンサーとの関係」の「ズレ」を意図したものがありました。
マーラーの交響曲第3番の女性ヴォーカルを使ったジョルジュ・ドンのダンスなどですが、こういう例は他のベジャール作品や、コンテンポラリーダンスの作品にいくつもあると思います。

町田くんがすごいのは、男子シングルフィギュアスケートというカテゴライズの中で、それを(おそらく)初めてやったこと!
また、誰でも知っている松田聖子の超有名曲でそれをやったこと。

小芝居的説明的でなく、「ダンス作品」として表現し、照明の力も使いながらトータルにまとめ上げた発想力と演出力と度胸。
自分の過去の作品を模倣しない未来主義。
いやいや、感服しました。

プリンスチームがJ-popというテーマを掲げながら、「日本語の意味を薄める」ため器楽曲や英語のカバー曲を使っていたのに対し、町田くんのプログラムは大変強烈でした。聖子ちゃんの曲の選曲も、「意味を薄めるための英語」が入っていない歌詞とか、ちゃんと聞き取れて意味の伝わる日本語とか、いろいろ彼なりの選定基準があったんでしょうね。(*注2)

彼が自分の言葉で作品のプログラムノーツを書いているのも、ベジャールを彷彿させて、私的には胸が一杯になります。(*注3)

公式サイトでは今回のプログラムを「相聞歌」「感情はスピードにのせて」「母語の詩を滑る」「夢は呼び交わす」という、いつもより分かりやすくキーワードをあげてくれています。

私は古文古典が大の苦手で、思わず「相聞歌」をググりました。(^^;
なるほど、男女の恋の歌のやり取りなのですね〜。
古文の授業で、「万葉集の時代は、自分の夢に相手が出てくるのは、相手が自分を強く想っているからだと考えられていた」って習ったことを思い出します。
また逆に、「相手を強く思えば相手の夢の中で逢瀬がかなう」ともあります。
この町田くんのプログラム、夢の中で「わたし(聖子ちゃん)」と「あなた(町田くん)」の「もう一度だけ会いたい」「もう一度だけ逢瀬をかなえたい」という双方の願いが結実したわけですね。
まさに「夢は呼び交わす」!

原曲は失恋ソングなのに不思議と温かい気持ちが湧いてくるのは、コンセプトをしっかり持って創作を行っている町田くんの力量に他なりません。
町田くんは「二次創作」という言い方をしていますが、ベジャールは彼の言葉で「音楽を、空間を(ダンスによって)膨らませる」という表現をしていたと記憶しています。

フィギュアスケートはもともとスポーツ競技です。
このフィギュアスケートをアイスショーとして、バレエや演劇、オペラと同じような芸術性と大衆性を併せ持つ「町田くんの目指すエンターテイメント」として位置づけていくのは、大変な壁があることでしょう。
そもそも演者と役柄(role)の関係性すらも曖昧な、このフィギュアスケートの世界において、町田くんは現役時代から役柄を演じることに徹底していました。
彼の役柄への没入した演技力や舞台人としてのメイクは、時として誤解を生み出していたけれど、今回のプリンスのショーでの町田くんへのスタンディングオベーションの凄さを見ていると、誰にでも受け入れられる「町田スタイル」が確立されたと言っていいように思います。私は、彼の目指すフィギュアスケートの可能性を信じてついていこう!と改めて感じました。

つらつらと書き連ねましたが、小難しいこと考えなくても、聖子ちゃんの歌のサビのところで町田くんのスケートがぐんぐんスピード出して、イナバウアー!てところで「おおお」と十分魅せられるプログラムです♪
いやもう、楽しいGWごちそうさまでした。
大学院ではスポーツマネジメントを勉強し、去年暮れにすでに学会発表を果たした町田くんですが、その学業と目指す作品作りがともに将来につながりますように。

気が早いようですが、また来年のプログラムも期待して待ちたいと思います。
いや、その前にプリンスの東京公演が7月に(^^;
楽公演は抑えてあるんだけどもう一回くらい見に行きたい〜。
お金ないのにどうしましょう。





*注1  イナバウアーとかイーグルはダンス振付的には「引き」だけど、スケート的には見せ場の一つ。「感情をスピードにのせて」スケートとしての特色を出すとは、このことを指していると思います。

*注2   「嬉しい」「悲しい」など直接感情を表すワードがないことも選曲の理由かもしれません。
町田樹の物語…言っちゃったよ、ビッグマウスで崖っぷちに追い込んだ (産経新聞)

*注3  ベジャールの来日公演時はプログラムを購入しない来場者にもプログラムノートを印刷したものが必ず配られ、開演を待つ時間それを読み、想像を膨らますのが何よりの楽しみでした。難解でわからないことの方が多かったのですが、町田くんのそれと同じく、言葉のチョイスの美しさが翻訳を通しても伝わる素敵なプログラムノートでした。
こちらは10年前の来日公演を見た時の自分のblog。(もう10年経つのか。しみじみ…)
    15:05 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

安藤正勝著「マリー・アントワネット」

私は「べるばら」世代なので、フランス革命の本よく読んでます。
色々読んだ中でも安藤正勝さんの本が大好きです!
初めて読んだのはコレ。

マラーを殺した女―暗殺の天使シャルロット・コルデ (中公文庫)
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シャルロットは実は「政治的うっかり者」だったという仮説にのっとって、彼女の決意と暗殺のいきさつと、断頭台へ向かう勇気を克明に描いています。
しかし、うっかり者といっても自分なりには正義を貫いたシャルロットさんは幸せ者と言えるのか…
読んだ後、思わず考えこんじゃいますが、実に面白い伝記でした。

その他安藤さんの本は
「フランス革命と四人の女」
「死刑執行人サンソン」
等々読んできましたが、中公新書の「マリー・アントワネット」ようやく読みました!!

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この安藤さんの本は、単独だとさすがにアントワネットの生涯を隅々まで網羅しているとはいえないかもしれないです。
「首飾り事件」「ヴァレンヌ逃亡」など、一つ一つで分厚い一冊の本になるくらいドラマティカルな事件の連続でしたからね〜。
でも、ツヴァイクとか他の伝記を読んだ方は(比較論的に)興味深く読めると思います。

「マリー・アントワネット」といえば、ツヴァイクの伝記が有名ですよね。
少女時代に読んで大感動したものです。
安達正勝さんも「まえがき」で「ツヴァイクの作品が80年以上首位の座をキープしていたのはすごい」と書いてあります。

しかし、1932年、まだハプスブルクの栄光の余韻の残るウィーンで書かれたツヴァイク版「マリー・アントワネット」は、現代では時代遅れになった部分もあるそうです。

興味深かったのは、現代ではルイ16世の復権が進んでいるということ。
彼は決して凡庸な王ではなく(決断力にかける点はあったものの)理系の頭脳を持った啓蒙君主でだった!
ギロチンの刃を斜めに設計したのもルイ16世。(!)
海軍の改革、アメリカ独立戦争支援、拷問の禁止、プロテスタントとユダヤ人の戸籍上の身分復権。

失敗したのは財政改革だったんですね〜。(しかし、コレがやはり革命の誘引として大きいかも)

アントワネットとの関係も新説が紹介されていて、フムフムなるほどと感心しながら読みました。
面白そうなルイ16世本が幾つか紹介されててそそられるんですが、高いんで迷ってます。(笑)

興味深かったのは、ルイ16世が寵姫をもたなかったのでアントワネットは「目立つ王妃」になってしまったこと。

当時のフランス女性は革命期であれ「目立つ(政治的な)女」は一括りに嫌われる傾向にあったこと。
テロワーニュ・ド・メリクールしかり、オランプ・ド・グージュしかり、ロラン夫人しかり。
王党派、ジロンド派、ジャコバン派のような縦割りの政治関係ではなく、フェミニズムの横糸でアントワネットを論じたことは興味深かったです。

ウルトラ王党派だったアントワネットも、ある意味自分の考えを貫く近代的な側面があった。
革命後も何度も逃亡のチャンスがあったのに、頑として聞かず、一回だけ試みたヴァレンヌ逃亡事件は大失敗。
その後カーネーション事件に至るまで大失敗。
運がないにもほどがあるって感じです。
ある意味自分自身で、その運の無さを引き寄せてしまったのかもしれないですけど。

でも考えてみれば、あの恐怖政治時代、普通の主婦だった(当時のフランス人の大好きな「内助の功」の)リュシル・デムーランだってギロチン行きだったんだよね。
フランス革命とは劇薬を飲むようなものという言葉の通り、罪なくして断頭台に立った女性は多かったはず。

政治的に何の権利もないけれど、ギロチンに送られる権利だけ有していた、気の毒な革命期の女性たちでした。
だからこそ、現代の私たちは彼女らの戦いと、誇り高い最後に感動するのでしょう。
この本の最後の方に「彼女(アントワネット)の受けた罰は罪に比べて不当に重すぎた」という安藤さんの一文があります。深〜くうなずいたのでした。
    14:56 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

町田樹さんとシューベルト「継ぐ者」あるいは翼を広げることについて

フィギュアスケートの話題をひとつ♪

昔からフィギュアスケートは好きでテレビで観戦していたライトファンだったのですが、この4月から7月まで、なんと計3回のアイスショーに行って来ました!

生観戦デビューを思いたったきっかけは、昨年末の町田樹さんの引退です。
今見ておかないと今度はいつ見られるかわからないぞ的な感じで、ショー出演が決まった時焦ってチケット取りました。(笑)

私にとって町田くんは、長いこと「こういうタイプの人出てこないかな」って期待していて、「ついにキタ〜!!」って選手でした。

プログラムのコンセプトをしっかり持ち、バレエ的な、ある種演劇性のある作品作り。役柄の抽象性。
「今までのフィギュアの枠を飛び越えた作品を作りたい」「プログラムこそが自分の強み」との発言。
技術的に一つ一つのスキルを比較すれば、おそらく彼より優れた選手はいるのでしょうが、トータルとしての個性の力。そして振付、演出の才能。

技術や表現がようやくプログラムと噛み合ってきたと思われた、まさにその時の突然の引退宣言。
ショックでした〜。
GWからのショー出演のニュースで、思わずチケット争奪戦へ突入。
財布の紐も緩むことに…^^;

さて、4月のプリンスアイスワールド(PIW)横浜、6月のドリーム・オン・アイス、7月のPIW東京で見たのは、町田くんの3作目の自作の振付作品です。
シューベルト作曲「即興曲 作品90-3」全曲ノーカットの音源(5分40秒!)を使った、フィギュアのジャンプ全ての種類が入った作品。独自タイトルは「継ぐ者」。
作品のコンセプトは町田くんの公式サイトを参照。



以前の2作も、それぞれ違った味ながらも、見まごうことなく町田樹の作品として「スタイル」が確立されており、音取りのセンスに感動しました。
音取りは彼の一番の美点と思いますが、今回はそれ以上に楽曲のアナリーゼが完璧というか、彼自身が音楽であるかのような、一音も逃さず視覚化しているような作品でした。

森の中の小川に緑が写り込んでいるかのような照明。
ポール・ド・ブラの美しさを強調するような衣装。(照明デザインも衣装もご本人の発案なのでしょう)
冒頭の、白い鳥が羽を広げるような、水をすくい上げて自分自身にふりかけるようなシーンは、白いスポットライトと相まって、私がかつて見たフィギュアスケート作品の「印象的な始まり方」ナンバーワンだと思います。
初見ではここでノックアウトさせられてしまい、後の記憶がなくなっちゃいました。(笑)

公式サイトを見ると「シューベルトの晩年へのオマージュ」が作品発想のきっかけのようです。
たった31歳でこの世を去ったシューベルト。
その何年か前から体調不良に悩まされていたシューベルト。
この即興曲を作曲した時、自分の死期が近い予感を持っていたであろうシューベルトへのオマージュが、緑の森の中に舞う白い鳥という形で表現され、あまりにも儚く胸が痛くなるような、その一方、世界との一体感と希望も感じられるような…。

イーグルで世界を抱きしめ和解したあと、劇的な転調でルッツを飛び(*注)、異世界の扉を開ける。
傷ついた身体を横たえて、差し出したものは何だったのか…
もしかしたら緑の森はドイツ音楽の深い森であり、ピアノの奏でる6連符は森に流れる小川の音、時の流れであり、白い鳥は手負いの鳥か、ロマン主義そのものなのかもしれない。

また、この作品は同時に、フィギュアスケートと町田くん自身の歴史も語っているようなのです。
町田くんはジュニア時代に「白鳥の湖」オリンピックシーズンに「火の鳥」と、鳥に扮したプログラムを演じています。
そして引退の全日本、ベートーヴェン作曲の第九。ベートーヴェンからシューベルトへの継承をもちろん意識しての作品作りなのでしょう。
振付の断片やジャンプの入り方、抜け方なども、「エデンのアクセル」「第九サルコウ」というようにご自身の集大成のような趣もあり。
まるで何層にも重なったイメージの迷宮を見ているような振付です。

そして、なんといってもシューベルトの曲に町田くんはピッタリです。
静かなリリシズムというか、暗いオーラというか…。

6分弱のハードな作品を、計21回の公演をほぼまとめ上げ、いよいよPIW東京の千秋楽の日はジャンプノーミス!
今までで一番の出来!!
夢中で拍手しながら、その場にいられたことを本当に幸せに感じました。
会場内はまるで、去年の世界選手権の「エデン」の時のようなスタンディングオベーション。
町田くんがていねいに四方を向いてボウ(お辞儀)するたびに、東西南北で大歓声。

この作品は完結したんだな、そしておそらくは、この作品の最後の上演なんだなと感じました。

そして、去年の町田くんの引退で、彼のセカンドキャリアを応援しつつも私自身が一番胸が痛かった「第九が未完成に終わった」ことに対しても、ようやくストンと抜けた気持ちになりました。
ある意味第九は完成したんだなと。

第九の時彼が言っていたこと、「ジャンプのためにプログラムがあるのではなく、プログラムのためにジャンプがある」「ジャンプの配置ひとつひとつに意味を持たせている」「シンフォニック・スケーティングというジャンルを確立させたい」というのはこういうことだったのかと。
プログラムの理想形が、第九という競技プログラムで出来なかったことが、ルールから離れた今こそ出来たのだと。

フィギュアスケートではなく、アートスケートとでも言えるジャンルを見たような気がします。私にとっては、1980年代に初めてモーリス・ベジャールのバレエを見た時と同じ位インパクトのある作品でした。
ベジャールも自分の振付作品を「これでもう終わり」としばしば封印する人でした。その徹底的な未来志向主義と同じく、町田樹という人もきっと次の作品へ向かっていることでしょう。

ショーのフィナーレが終わってリンク上を周回しているとき、町田くんは涙ぐんでいたそうな。
私の位置からはわかりませんでした。
織田くんが踊りながら号泣していてたのは目の前でしたが。^^;

千秋楽だからこその涙だったのかな。
「シューベルトの晩年」という作品のテーマや、全日本のショートプログラムの涙を思い出して少し心配になりましたが、21回の公演をやり遂げてご本人も緊張の糸が切れたのでしょう。
そして千秋楽にあれだけパーフェクトに演じ切れたからこそでしょう。
そう信じています。

まだまだ見たいです!!
きっとまた会えることを信じてます!!
で、来年はバッハの無伴奏チェロかバイオリンなんかリクエストしたいです。
それは私が好きだからだけど。(笑)絶対町田くんにピッタリだと思うよ〜。



*注 劇的な転調(音を聞く限りは気づきにくい所です)
転調
    17:19 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

ガルシア・マルケス死去

ラテンアメリカのノーベル賞作家、ガルシア・マルケス氏が先月亡くなりました。
私の20代の頃に、そのめくるめく絢爛たる色彩感で圧倒してくださった、一番好きな海外の作家でした。

青い犬の目
ママ・グランデの葬儀
百年の孤独
族長の秋
エレンディラ(映画も好きでした!!)
予告された殺人の記録
迷宮の将軍

どの作品も好きでした。

そこに羅列された単語だけでも、色彩に満ちた風景やイメージが映像として広がる世界感が好きでした。
どんなに自分の制作にインスパイアをいただけたことか・・・。
ご冥福をお祈りします。


百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))
(2006/12)
ガブリエル ガルシア=マルケス

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    20:06 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

ホビット 竜に奪われた王国

「ホビット 竜に奪われた王国」見てきました〜!!

私は四半世紀も前に、小学生の頃評論社の文庫本で「指輪物語」を買って熱中した、トールキンのオールドファンであります。
その後、その前物語である「ホビットの冒険」や、「シルマリルの物語」も読みました!

高校生の頃、アニメでやって来た「指輪物語 前編」は、友達と2度3度と見に行ったもんです。
そして、そのアニメはけして後編が来ることはありませんでしたけど・・・。(T.T)

「ロード・オブ・ザ・リング」から「王の帰還」まで、ピーター・ジャクソン監督の映画3部作は堪能させていただきました!!
しかし、コアな原作ファンだっただけに、ちょっとした改変でハラをたてたりとか。(笑)
愛するファラミアがヤな性格に変えられたりとかで激怒したりとか。・・・ココロが狭いコアなファンですアタシ。(^^;

そして、思い入れが少ないせいか、かえって(爆)今回のビルボ・バキンズ氏の冒険「ホビットの冒険シリーズ」はとっても楽しませて頂いてます〜!!

あの少年少女向けの1巻の物語が3部作?って最初は思ったけど、映画的に膨らませて超娯楽作品になっており、なかなか良いです。何より、アノ世界観が戻ったのが嬉しいデス。(^^)

終わり方が「えっ!!ココで切るか!!」と目が点になる感じでしたが、早く次が見たいよう。

)

このトールキンのシリーズは、アタシはなるべく吹き替え版を見るようにしています。字幕だと細かいニュアンスが伝わらなそうな気がしたんで。
「エレボール」を「はなれ山」とも言い、「エスガロス」を「湖の街」とも言い換え、ビルボの剣は「つらぬき丸」!!
瀬田貞二さん訳に慣れ親しんでいる私にとっては、とても自然な感じでした♪
なんだか、そういう固有名詞を聞くだけでも懐かしくて懐かしくて・・・。
涙がでそうな感じです。(*^_^*)
Genre : 映画 映画
    21:54 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

レミゼ・デビュー

オットがたまたま平日休みだったので、話題の映画版「レ・ミゼラブル」見て来ましたよ〜!!

そして、「夫婦のどちらかが50歳以上だと、夫婦で映画が2000円で見られる」割引・デビューしました!とほほ・・・(;´Д`)
あと10年経つと、自分一人でも1000円で見られるのですねえ。お得感ありますねえ。とほほ・・・(;´Д`)


・・・と、ジジババな会話はおいといてっと。

レミゼ、良かったです〜!

アノ原作をミュージカルにするなんて、どんな風になってるんだろう!とずっとギモンだったのですが、なるほど!!納得しました・・・・。
というか、実は
モロ原作どおり
だったんですねえ。(@_@;)

そして、ミュージカルと言うよりはオペラなんですね、これ。
アタシはまた、「革命のダンス」かなんかあるのかと思ってました。(^^ゞ 
それじゃベルばらになっちゃうか・・・。

それにしても、口パクでなく、収録時に実際に歌っているという役者たち、ワンシーンを舞台さながら長丁場もワンカットで演じきるなど、芸が細かいし、CGも含め良く練られた映画と思います。感動しました!!

最初こそ「あらすじ」っぽい早い展開で、「おお〜!もうジャンバルジャン市長になっちゃったのかあ」とか、「もうファンティーヌが歯抜かれちゃったのか」とかびっくりしながら見てましたが、次第に役者たちの熱演に引きこまれましたよ〜。

最初の方は特に涙は出なかったんですが、暴動のあと、子供のガブローシュの遺体を見て、ジャベールが自分の胸の階級章をはずしてガブローシュに付ける場面。これはかなり来ました!泣けました〜〜。

名作です!
まだ見てない方や、上演時間長いからどうしよう〜と思ってらっしゃる方も、ぜひ見てくださいな♪おすすめでーす。
確かに長いので、最後の方はおしりモゾモゾしたけれどね。(笑)でも、映画館の音響で見聞きするのはやっぱり特別な感動と思います。一人1000円だしね〜(爆)

    20:23 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
ABOUT "kero"
Author : kero

◯十の手習いでバイオリンを始めて十数年目!
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